Vol.15 背骨の病気 2.脊柱管狭窄症(6)狭窄症治療の実際 2.手術治療 B.固定術③④

6)狭窄症治療の実際

2.手術治療

B. 固定術(除圧固定術)

③ 固定術の利点
固定術をするとグラグラした部位がなくなり、しっかりとした「動かない」「腰椎」になります。「腰椎」が「固定」されて「グラグラ」しなくなりますので、不安定な腰椎のために(グラグラなために)あった症状(腰痛や腰の不安定感)は良くなります。
また、「狭窄」症になって狭くなった脊柱管を拡げる(除圧する)ためには、「腰椎」を支えている大事な骨や靭帯をある程度まで「こわし」て脊柱管を拡げる必要があります。「神経」を「除圧」するために、こわさなければならない骨や靭帯の範囲が大きくなってしまいますと(たくさんの骨や靭帯をこわさなければならないようになると)、「腰椎」を支える部分が足りなくなって、「グラグラ」に(不安定に)なってしまうのです。「固定術」を「除圧術」と同時に行えば、「除圧」で「腰椎」を「グラグラ」にしてしまう心配がなくなり、しっかりした「動かない」「腰椎」を作ることができます。
このように、「除圧」のために(神経の圧迫をとるために)大きい範囲にわたって骨や靭帯をこわすことで「腰椎」を不安定にしてしまう場合やすでに術前から「腰椎」に強い変形や不安定性がある場合には、症状をより良く改善させるために「固定術」で腰椎を「動かなく」してしまう必要があります。つまり、「腰椎」が不安定になることや変形がさらに悪化することを防ぎ、手術後の症状がより良くなるのです。「固定術」を行えば、図29のように「除圧」することでさらに「腰椎」が変形してしまうことを心配する必要はなくなります。


図29a.側弯症のある狭窄症患者さん 図29b.除圧術後4年で側弯が増悪

 

④ 固定術の欠点
1)固定をするという余分な作業を追加するという問題
固定するにはネジを腰椎に挿入する必要があります。こういった作業が余分になされますので、それだけ患者さんに対する手術操作が大きくなり、また、しなければならない作業の数も多くなってしまいます。手術操作が大きくなりますと出血量が多くなったり、手術時間が長くなったりします。余分な金属製の器具を体内に埋め込むために、手術の後に感染症にかかる(細菌が傷口から感染する)可能性が少し高くなります。また、手術でしなければならない作業の数が多くなりますので、脊椎の周辺(そば)にある血管や神経など重要な臓器を傷める可能性が、通常の「除圧術」だけよりも少し高くなります。金属製の器具を正確に「脊椎」内に埋め込むためには、手術の傷を大きく広げ、手術部位の周りにある筋肉などを押し広げながら挿入します。つまり、金属をよりうまく挿入するため、かえって周りの筋肉(とくに背筋)などをある程度よけいに傷めてしまうことになります。
以下の図34に金属製の器具(ネジなど)を挿入する手順を図示します。図34aでは腰椎の中にネジを挿入しています。赤茶色の筋肉が強く横へ押されている(矢印の方向)ことが理解できると思います。図34bでは挿入されたネジの頭に金属の棒(ロッド)をはめ込んでいます。このようにしてネジを挿し込んだ「腰椎」を金属の棒(ロッド)で連結しますと図34cのようなX線像になります。各々一つ一つの「腰椎」がロッドで連結され、一つの骨の塊になっていることが理解できると思います。


図34a.ネジの挿入

図34b.ネジの連結

図34c. 固定術のX線像

 

2)腰椎が動かなくなるため、固定された隣の脊椎に負担がかかる問題
腰椎が図34cのように固定されてしまいますと、これらの腰椎は動かなくなり、ひとつの塊になってしまいます(図35b赤色部分)。なので、患者さんが手術の前に自然に動かしていたように、自分で自分の腰を動かそうとすると、固定されて「動かなくなった」腰椎(赤い部分)が、そのすぐ隣の場所(椎間板)(黒線〇)に余計な負担をかけることになります。手術のために「動かなくなった」腰(赤色部分)を動かそうとしますが、「赤色部分が動かないので」、すぐ隣の部位(椎間板)(黒線〇)を、その分、より大きく「動かそうと」するのです(図35b)。このような負担が繰り返されてしまいますと、すぐ隣の「椎間板」(黒線〇)に新たな不安定性(例えば新しいすべり症など)が出現してしまうことになります(図35b)。固定されたすぐ隣でこのように不安定な「椎間板」が出現してしまいますと、将来、そこに新たな狭窄症が出現する可能性もあります。


図35a. 通常の脊椎の動き

図35b. 固定術(赤色部分)が行われて、aと同じように動かそうとすると固定部分(赤色部分)が動かないためにその隣の椎間(黒線〇)で大きく動こうとして、大きな負担がかかる。

 

3)せっかく入れたネジや金属を抜かなければいけない場合があるという問題
固定術の後、一定の期間が過ぎますと、それぞれの「腰椎」の骨がくっつきます(骨が「癒合:ゆごう」します)ので、腰椎を固定するために挿入したネジや金属は不要になります。つまり、骨が固定されれば(骨がくっつけば)、ネジや金属はそれ以上要らないので、抜いても良いということになります。確かに、ネジや金属はもともと身体の中にあるべきものではありません(身体にとっては異物です)ので、本来は抜き去ることが望ましいと言えます。ただ、以下の理由があるため、通常はこれらの金属は術後もそのままに置いておく場合がほとんどになっています。

 

1. これらの金属は手術の際に、身体の奥の方に入れていますので、不要になったからといって、絶対に抜釘(ばってい)しなければならない(金属を抜き去らねばならない)ということはありません。異物が体の中にいつまでもあるという状態は避けた方が良いのですが、事前に身体に対して悪い影響がないことを検査しているため、あえて体の奥の方に設置された異物を全身麻酔までかけて(全身麻酔が必要です)通常の手術と同じような侵襲を加えてまで抜き去る必要は通常はありません。つまり、抜釘といえども簡単ではないので、あえてそこまでしなくても、ということが理由のひとつです。

 

2. もうひとつの理由は、骨が固定されたように見えていて(骨が完全に「癒合:ゆごう」しているように見えていて)、実はまだ完全に固まっていない(十分な強度がない)ということがあります。この状態で、金属をあえて除去すると、金属の強度に頼っていた支えがなくなることになります。骨が「癒合:ゆごう」していても十分な強度がないため、金属がはずれてしまうと、「脊柱」が変形してくることがあります。
以上の理由から、通常は手術の際に挿入した異物は除去せずにそのまま入れておくことが多いのです。
ただし、この異物が原因(細菌の温床になって)で手術の創部が感染した場合には、最悪、細菌の温床となっているこれらの異物を除去しなければならないことがあります。また、これらの挿入した異物が体内の神経や血管など重要な臓器を直接傷めている可能性があるとき(術後すぐあるいは術後しばらく経過してからでも、徐々にそうなってきている場合)には、これらを除去する必要があります。

 

以上、腰部脊柱管狭窄症に対する手術治療の方法について述べてきました。手術治療をしたがっている医師は、どうしても手術のことを簡単なものとして説明し、それによって発生するかもしれない「うっとうしい」ことについてはあまり詳しく説明しない傾向があります。つまり「先生、解りました。そんな簡単な手術なら、一発受けさせてください!」と言ってもらいたいからです。確かに手術治療についての方法や技術はこの数十年で画期的に進歩してきていますし、安全に行うことができるようになっています。なので、以前から言われている「うわさ話」(せぼねの手術は怖いよ。絶対にしたらあかんよ。)は、今では大げさになっているかもしれません。つまり、昔よりは手術は簡単に安全にできるようにはなっています。しかし、いくら手術の技術が進歩したからといって、器具や機械が発達したからといって、手術から危険性が完全に取り除かれたわけではありません。狭窄症の治療に当たって考えなければならない重要なことを以下に列記して、本稿を閉じます。

 

1. MRIで狭いからといって「狭窄症」とは限りません。色々と診察して、症状がMRIや画像の「狭窄」から説明することができて初めて「狭窄症」だと言うことができます。MRIで脊柱管が狭くても、膝に病気があるための症状であったり、もっと他の病気で症状が出現している可能性だってあります。

 

2. 「狭窄」は昨日・今日、突然始まったものではありません。つまり、徐々に狭くなってきて、症状が出てきたものですから、「狭窄」があっても症状のなかった時期があったはずです。手術じゃない薬やブロック、リハビリが有効なのは、そういった「狭窄」があっても「症状のない」状態に戻らせることができるからです。決して一時的な気休めではありません。

 

3. しかし、手術をしなければならない患者さんはあります。とくに神経が麻痺してきている人、膀胱や肛門の症状が出てきている人、両方のお尻から下肢がしびれて歩きにくい人、生活とくに仕事が困難になっている人、などなどです。

 

4. ただし、手術で改善する症状、改善しない症状、手術をすることによる危険性、危険ではなくても手術をすることで調子が悪くなってしまう可能性のあること、などよく納得がいくまで医師から説明を受ける必要があります。

 

5. 手術方法を選択するのは医師の仕事です。それぞれの患者さんに一番合致して、症状を改善させるために最も有効と考えられる手術法を、色々と検査しながら選択していきます。また、即効性の効果を期待するだけでなく、その効果ができるだけ長続きするように考慮します。そのためには、医師は内視鏡の手術からネジを入れる大きな手術まで全てにおいて対応できることが望まれますし、それは可能です。医師は色々な手術法に精通し、それぞれの利点と欠点、そして患者さんのおかれた状況など、総合して手術法を選択します。「先生、わし、悪いけど固定術は嫌いやから止めといて。」とか「内視鏡でしてくれへんのやったら、手術止めときます。」というような個人の好みの問題ではありません。八百屋さんで、みなさんが「このみかんの方がおいしそうやから、リンゴやめてみかんにします。」という風には手術法を決めるわけにはいきません、ということをご理解下さい。

 

6. 5.と同じことですが、それぞれの治療方法にはそれぞれの利点と欠点があります。大事なことは現在の患者さんの状態がどれだけ日常生活を制限しているのかということを理解することで、そこから抜け出すことができるためには、どういった手段がベストかということを考えることです。

 

7. そして、一番、大事なことですが、どんな治療方法を選んだとしても、全く、きれいさっぱり症状が「ゼロ」という状況にはならないということを理解する必要があります。きれいさっぱり「ポンッ」となることは、どんな方法で治療してもありません。ある程度、症状と折り合いをつけながら生活するという気持ちも持ち合わせる必要があります。中学生がちょっとぶつけて痛くなって、治療したら完全に痛みも取れて走っているよ、ということはありません。

 

8. 手術を担当する施設の医師と、とことんまで話し合って、診察してもらい、そして納得のいく形で次のステップへ進んでください。

 

以上で終わります。患者さんたちの判断の材料になればと思います。