Vol.10 背骨の病気 2.脊柱管狭窄症 (5)狭窄症の治療 1回目

5)狭窄症の治療

背骨の病気に対する治療法には、「手術」をするという方法と、手術をしないで「保存的」に「治療」するという方法の2種類があります。この治療方法やその意義について、よくある質問がいくつかありますので、それにお答えしながら、私たち医者がどのように考えているかを説明することにします。

 
〈よくある質問〉

 

1.「保存的」「治療」と「手術」「治療」の違い

「手術」というのは、みなさんがご存知のように身体に切開(せっかい)を加えて悪い場所を出し、それを取り除いて、できるだけ「きれいな」(正常に近い)状態を獲得し、症状を改善させるという治療方法です。「保存的」「治療」の「保存的」とは、手術のように切開(せっかい)を加えないで、身体の中身を「保存」しながら(切り刻まないで)という意味です。だから、「保存的」「治療」とは、手術じゃなくって、薬やリハビリなど他の手段で症状を改善させましょうということになります。
病気に対する「治療法」としては、このように大きく分けて二つの方法があります。切り刻んで「手術」をするか、それ以外の薬とかで対応する「保存的」「治療」かです。どちらが良いかということは、一面的には言えません。病気の状態によっては「手術」しか対応策がない場合もありますし、「保存的」「治療」しかない場合もあります。ただし、普通は、いきなり最初から「手術」をしましょうではなくて、先ずは「保存的」「治療」から行って、それでも症状が改善しない場合に「手術」をしましょうという考え方が一般的に受け入れられています。しかし、この考え方も本当に正しいかどうか解らない(本当に先に「保存的」に「治療」することが良いのかどうか解らない)ことも、ままあります。大事なことは「手術」の特徴(何が良くて何が悪いのか、そしてその「治療法」がどんな危険性を伴っているのか、何を得るために手術を受けるのかなど)について十分に理解する必要があります。もちろん、「保存的」「治療」でも、使う薬の特徴(何に効いて何には効かないのか、どんな副作用があるのかなど)を理解する必要がありますし、同じことは「リハビリ」についても知っておく必要があります。

 

2.「保存的」「治療」って、その場しのぎの治療法ではありませんか。

腫瘍やヘルニア、外傷などのように、今まで何もなかった状態から、急に状況が一変して症状が出現した場合は別ですが、狭窄症のように時間をかけてゆっくりと変形が進行し、ある時点から我慢できずに症状が出現したような場合、MRIなどで狭窄があったとしても、狭窄症の症状は出てきていない状態があります(図17)。なので、薬やリハビリなど「保存的」「治療」が有効な場合、症状が出現した時点よりも以前の状態(狭窄はあるけれど狭窄症のない状態)に戻ることは可能です。「狭窄症」の「狭窄」は昨日、今日に始まった状態ではなくって、症状が全くなかった時にも「狭窄」はあった筈ですから、薬やリハビリが効くということは、「狭窄」だけがあって、「狭窄症」のない状態に戻るということになります。だから、いちがいに、「その場しのぎ」とは言えません。私たちのデータでも、痛かったりしびれたりして「保存的」「治療」を必要としていた「狭窄症」の患者さんのうち、57%の患者さん(「狭窄症」だった方の半数以上)は「保存的」「治療」を受けた後、そのまま状態が悪くならず、良い状態を5年以上保っていました。つまり、半数以上の人たちが「狭窄」があっても「狭窄症」ではない状態、「症状のなかった」「昔の状態」に戻ることができていたことになります。「その場しのぎ」ではなかったことになります。

図17.狭窄があっても必ず狭窄症があるわけではありません。なので、狭窄症に対して保存的治療をするということは、狭窄があっても狭窄症のない以前の状態に戻すという意味があります。

「狭窄」があっても「狭窄症」ではない人たちはそこら中に、たくさんおられるということです。

 

3.「保存的」「治療」で良くならなければ、次は「手術」ですか。

薬をこんなに飲んでも効かないし、リハビリをしたけれどもう一つ良くなっていないし、「保存的」「治療」で良くなっていないのだから、次は「手術」しかないのですかね?といった質問はよくあります。
他のお医者さんからも、「保存的」「治療」を長い時間十分行ったのですが、症状は一向に改善しません、「手術」を行った方が良いと思います、と依頼されることはよくあります。
確かに、「保存的」に薬やリハビリで対応するということを先ずは第一の選択肢とし、それが効かなかった場合に初めて「手術」ですよ、という考え方は間違っていません。誰でも、いきなり「手術」て言われると「尻込み」してしまいますし、何とか他の方法で良くならないかと思います。また、「手術」ではなく色々と手を変え品を替えたり(薬を色々変えたり)したうえで、どうしてもダメなら「手術」という流れも理屈に合っていると思います。つまり「保存的」「治療」で良くならなければ(無効になれば)、次の手段は「手術」ということになります。
しかし、ここで、いまいちど、じっくり考えておかなければいけない点がいくつかありますので、そのことについて以下にまとめます。

 

①本当にその患者さんの症状は「狭窄症」のものでしょうか。
えーっ、今さら何を!と思うかもしれませんが、「保存的」「治療」が無効である場合、患者さんのMRIは「狭窄」であっても、患者さんの症状は「狭窄症」のものではないことはよくあります。例えば、「閉そく性動脈硬化症」という動脈が血栓で詰まって血流が悪くなり、歩行で足がしびれて、やはり「間欠跛行」になることがあります。この場合、患者さんに腰椎の手術をしても症状は良くならないですよね、それどころか、血流が遮断されるために「壊疽(えそ)」という足が腐ってしまうという大変なことになってしまいます。また、膝などの「変形性関節症」、「外反母趾など足の病気」でも、足はしびれたり痛かったりしますので、MRIで「腰椎」に「狭窄」がある場合でも、本当にその症状が「狭窄症」による症状かどうかきちんと理解する必要があります。「関節症」なんかの症状で、「腰椎」に手術をしても症状は改善しませんよね。

 

②薬の投与方法や種類の選択方法は間違っていないでしょうか。
最近は、同じ痛み止めの薬といっても、従来の消炎鎮痛剤の他にうつ病に効くと言われている薬や神経の痛みに効く薬など様々なものが処方されるようになっています。消炎鎮痛剤は、十二指腸潰瘍になり、さらにそれが「せんこう(穿孔)」して(穴が開いて)腹膜炎になることがありますし、腎臓の機能が悪くなったり、喘息発作が出たりします。このため、最近では安易にこれらの薬を投与せずに、他の種類の薬を出すことが多くなっています。ただ、何でもかんでも、ということはありません。関節の痛みや筋肉の痛みには消炎鎮痛剤が有効ですが、他の薬はもう一つ効きが悪いことが多いです。などなど、患者さんの症状の種類をきちんと見極めたうえで薬を処方するべきですので、間違った処方(薬の出し方)で効かないといっても、合っていない薬を飲んでいるということがあります。

 

③「手術」で改善すると期待される症状はありますか。
「狭窄症」に対する「手術」で一番改善を期待できる症状は、足(下肢)のしびれや痛みによる「かんけつはこう(間欠跛行)」です。「手術」は身体に切開を加えて、悪い場所(「狭窄」の部位)の骨や靭帯を削り取り、「狭窄」された神経の通り道を緩め(開放し)ます。だから、「狭窄」で圧迫された神経の圧迫が取れて緩み、それまで圧迫されたために出ていた症状、つまり立ったり歩いたりすると足(下肢)がしびれたり痛くなったりし、かがんで座ったりして休むと改善する「かんけつはこう(間欠跛行)」の症状は改善します。一番の大きな「手術」の目的はこの「間欠跛行」の改善です。
しかし、じっとしていてもしびれる足の裏の症状、砂利の上を歩いているような足の裏のいやーな感じなどは、「手術」によってもあまり良くなりません。
腰痛は、腰椎の不安定性からきている場合には、腰椎を「手術」で固定すると、不安定性がなくなりますので改善します。ただ、手術っていうのは腰に切開を与えて骨や靭帯、筋肉をある程度つぶすものなのですから、腰椎は普通よりは弱くなりますよね。そういった意味での腰痛はある程度は残る可能性があると思います。
神経が麻痺してしまって動きにくい場合には、「手術」で神経を緩めれば、麻痺は改善して、足が動きやすくなる可能性があります。ただし、神経がすでにだいぶ潰れてしまっている場合にはその神経を緩めるだけでは回復が不十分のこともありますし、回復を期待できないこともあります。もちろん、麻痺が改善することを期待して手術をするのですが、手術の一番の目的は、さらに麻痺が進行することを予防することにあります。
また、「腰部脊柱管狭窄症」では、同じ麻痺でも、足の麻痺ではなくて、膀胱直腸障害といって、会陰部(ちんちんやお尻の穴、肛門など)への神経が麻痺することもあります。こういった場合、ひどいと手術による回復は難しくなることが多いので、手術でこれ以上悪くなって大変な状態(おしっこやうんこを自分で調節できなくなるなど)になることを予防することになります。

 

④最初から「保存的」「治療」を選択することが本当に良かったのでしょうか。
膀胱直腸障害も含めて足(下肢)への神経が麻痺している「狭窄症」の場合には、「保存的」「治療」でだらだら時間を無駄に過ごすことは許されません。こういった場合には、「手術」を真っ先に考慮します。「保存的」にみていて麻痺が悪化しますと、今度は手術をしても改善しない状態にまでなっていることがあるからです。
何でもかんでも、先ず最初は「保存的」なのではなく、早く「手術」をしたほうが良い状態があることについて理解しる必要があります。
麻痺だけではなく、腰椎の不安定性や変形にしても、だらだら「保存的」に様子をみていて、ろくでもない状態になってしまい、最適な「手術」方法を変えざるをえなくなり、その結果がもうひとつのものになってしまうこともあります。