vol.7 背骨の病気 1. 椎間板ヘルニア(続編7)

今回は椎間板ヘルニアの手術治療について説明します。

 

7)椎間板ヘルニアの手術治療

①手術の適応(どんな人に手術を考えなければいけないのか。あるいはどんな人に手術を考えた方が良いのか。)

これまで説明してきましたように、多くの「椎間板ヘルニア」の「予後」は良いと言われています。

ヘルニアになってしまった「髄核(ずいかく)」(「まんじゅう」の中から飛び出して神経を圧迫している「あんこ」のかたまり)は、身体の中の細胞たち(白血球など)によって掃除・吸収され、小さくなったり、なくなってしまったり(消失)します。また、圧迫されている神経(「神経根(しんけいこん)」)も余裕があれば、逃げて、症状が軽くなったり、なくなったりすることもあります。だから、手術で無理にヘルニアを取り除かなくても、「治る(症状が軽くなる、あるいは無くなる)」可能性があるので、経過を観察することも含めて、「保存的治療」に意味があることになります。

しかし、「予後の悪い」つまり放っておけば、もっと悪くなったり、取り返しのつかない状態になってしまうヘルニアもあります。(何でもかんでも手術をしないで様子をみるのが良いとは限りません)。

頚椎(くび)でヘルニアに圧迫された脊髄(せきずい)が傷んできた場合には、脊髄の複雑で繊細な構造を潰さないように、手術をした方が良いということになります。

また、電気のコードのように単純な構造で潰れにくい神経根(しんけいこん)が圧迫されている場合、電気のコードは逃げることができるため予後は良いのですが、足や手に力の入りにくい状態、つまり、電気のコードが圧迫のために傷んで潰れてきた場合には、放っておくと電気のコードが切れるので、手術で電気のコードを逃がす必要があります。

また、足や手の症状だけではなく、「おしっこ」や「うんこ」の症状、「ちんちん」や「おしりの穴」の辺りの「しびれ」などが出てきたときは、早い時点で手術をしなければなりません。膀胱や肛門、「ちんちん」に行っている神経は傷みやすく、回復しにくいからです。

以上のように、神経が傷んでしまうような状態では、その傷みを最小限に抑えて、回復させるために手術をしなければならないと考えています。

ただし、神経が傷んでなくても、何度も痛みの発作を繰り返している場合や、保存的な治療を受けても回復の度合いがもう一つであったり、痛みなどのために就業が困難な場合、その他、症状のために口惜しい思いをしている場合には、医師と十分に相談して、手術で良くなるのはどんな状態なのかや手術の危険性についても理解いただいたうえで、手術を選択することもあると考えています。

図1.髄核が脱出したヘルニア 

図2.髄核が脱出しないで線維輪(まんじゅうのから)で囲まれているヘルニア

 

②手術の意義と経皮的手術(レーザーなど)のこと

ヘルニアの手術とは、身体に傷をつけることで、色々なだいじな「もの」を削って(壊して)、神経を圧迫している「ヘルニア」の塊(かたまり)を取り除くことになります。

このように、「ヘルニア」を身体の中から取り除くためには、身体の中にあるヘルニアのところ(場所)まで到達する(行く)必要があります。

ヘルニアは、図のように、お腹側にある椎間板から背中側にある神経の方向に突出していますので、この突出した場所に行く必要があります。

ただし、図1と図2は同じヘルニアであっても病状が異なります。「まんじゅうのから(椎間板の線維輪)」を「あんこ(髄核)」が突き破って出てきているのが図1(脱出ヘルニアと呼びます)、「まんじゅうのから」が破れていないけれども膨隆(ぼうりゅう)して「から」が神経を圧迫しているものが図2(膨隆ヘルニア)です。

つまり、図2のヘルニア(若い、とくに10代の人に多いのですが)の場合には椎間板の線維輪(せんいりん)(まんじゅうのから)が破れないで、髄核(ずいかく)(あんこ)に押されて膨隆(ぼうりゅう)(ふくらむ)しているだけです。「まんじゅうのから」は破れずにふくらんでいるだけですので、ヘルニアのところへ直接行かなくても、手術が可能なことがあります。

図3.経皮的椎間板摘出術

 

椎間板の中にあって腫れている髄核(ずいかく)に針を刺して、髄核(ずいかく)(あんこ)をかじりだす、あるいは、吸い出す、あるいは、薬剤で溶かす、あるいはレーザーで蒸発させるという手術法(経皮的椎間板切除術:けいひてき ついかんばん せつじょ じゅつ)が有効のこともあります(図3)。直接ヘルニアのところに行かず、背中の少し離れたところから斜めに針を椎間板の髄核のところに刺します。髄核をかじったり、溶かしたり、蒸発させたりして、椎間板(まんじゅう)の中の圧を低くして(膨らんだまんじゅうをしぼませて)ヘルニアの膨隆を縮ませて、神経の圧迫を取り除くというものです。

ただし、図1のように「線維輪(せんいりん)まんじゅうのから」が破れてしまっている場合には、いくら「まんじゅう」の中をいじって圧を下げても、脱出した(飛び出した)「髄核(ずいかく)あんこ」は引っ込みませんので、良くなりません。適応になる状態が限られていることについて知っておく必要があります。「手術じゃありませんよ。針を刺すだけで、すぐ終わりますから、さ、さ、治しましょう。」という言葉に騙されないようにしましょう。

③手術の実際

これまで説明しましたように、脱出した図1のような椎間板ヘルニアに手術をする場合には、ヘルニアの場所へ行く必要があります。頚椎と腰椎は事情が異なりますので、ここでは、より数の多い腰椎について詳しく説明します。

ヘルニアに到達するには、先ず、皮膚を切って、筋肉を剥がし(図4)、

図4.皮膚を切って、筋肉を剥がした状態

図5.骨や靭帯を除去する範囲(赤色)

 

骨や靭帯をかじって神経のところに行き(図5、6)、その後、前にある神経をよけて、ヘルニアの所まで行きます(図7)。神経をよけて、その前(お腹側にあるヘルニアを摘出(てきしゅつ:取り出すこと)します。

図6.背中から見た骨の除去範囲

図7.神経根を左へよけ、ヘルニア(ピンクの円)に到達(黒横線は切除した骨の範囲)

 

以上がヘルニアの手術に際して、行うべき基本的な操作です。これらの操作のうち骨を削ったり、靭帯を切ったり、神経根をよけたりしてヘルニアに到達し、ヘルニアを摘出する(取り出す)といった操作は、どんな手術方法によっても差はありません。内視鏡によるヘルニア摘出術(MED)でも、顕微鏡を使用したヘルニア摘出術であっても、行わなければならない操作は、通常のヘルニア手術と変わりはありません。

図8 内視鏡下ヘルニア摘出術(MED)

 

唯一、内視鏡や顕微鏡を使用した手術が通常の手術と異なるのは、皮膚の傷が小さくてすむこと(図8のような筒を入れますので)、または、筋肉の剥離が少なくてすむこと(図4の方が図8よりも筋肉を強く引いてしまっています)で、これが有利だと考えられています。また、手術の際に、顕微鏡やカメラで拡大した像を見ながら神経やヘルニアを触りますので、より安全に手術ができるという利点があります。ただし、内視鏡(MED)では一つのレンズだけで見なければならず、手術の場面を立体的に理解しにくいと言われています。また、視野(手術で確認する範囲)が狭いので(筒に区切られてしまっているので)、どの場所をどのように操作しているのかが不明になる可能性もあります。つまり、内視鏡や顕微鏡では筋肉や皮膚を傷めることが少なく、細かい操作が可能であるけれども、実際の操作で立体的に見えなかったり、操作している部位が理解しにくくなって混乱する可能性があるということになります。これらのややこしさは、しかし、医者の修練で克服されるものだとされています。

現時点で重要なことは、どの手術(通常の手術、内視鏡、顕微鏡)が有利かまだ明らかになっていないという点です。手術によって明らかな差がないとすれば、手術をする人(医者)のその手術法への慣れや患者さんの病態によって手術法が変る可能性があるということになります。

そして、もっと大事なことは、結局、3つの方法の大きな違いは筋肉を傷める程度の問題だけで、基本的な手術操作に差異はあまりないということを良く理解することだと思います。つまり「内視鏡の手術は簡単で、すぐに終わります。退院も早いから、ま、さっさと手術してしまいましょう。」という、ただ手術をしたいとだけ思っている医者に騙されないようにしましょう。

④手術の治療成績

手術後すぐではなくて、術後5年以上を経過した99例について、その術後成績を調べたことがあります。手術後5年以上、全く症状が無かった人(優)は12%、ちょっとは腰痛があったこともあるけど普通に生活を送れていた人(良)は71%でした。5年の間に腰痛のため短期間でも生活に支障をきたした人(可)は8%で、調子が不良で再手術をしなければならなかった人は9%でした。この9例のうちヘルニアが再発した人は7例です。

手術後5年以上を経過しても、83%の人が生活に支障なく過ごしていて、茶色の8%の人も、一時的に支障があったけれど、概ね5年間、調子は悪くありませんでした。ただ、9%くらいの人でヘルニアが再発したりして、再手術を受けておられます。

⑤頚椎椎間板ヘルニアについて

ここまでは、数の多い腰椎椎間板ヘルニアについて説明してきましたが、次からは頚椎椎間板ヘルニアの手術について説明します。

腰椎の脊柱管の中にある神経は「馬尾」という「ばらけた」神経の束(たば)が走っているだけですが、頚椎の中には脊髄(せきずい)が入っています。

 図9 頚椎とその中の脊髄(せきずい)(黄色のかたまり)

 図10 腰椎とその中の神経の束(馬尾)(赤い多数の円)

 

腰椎のヘルニアでは、図1、図4~7のように後ろ(背中側)から入って神経根や馬尾をよけて(図7)ヘルニアに到達します。しかし、頚椎では馬尾のような神経の束ではなくて、脊髄という神経が複雑に絡み合った塊(中枢神経)があります。これを横へよけて前(お腹側)にあるヘルニアを触ろうとすると、脊髄が傷んで手足が麻痺してしまいます。

 

図11 ヘルニアによって脊髄が圧迫されている(左は白い造影剤の塊が下へ延びて脊髄のある場所を圧迫している。右は同じ人のMRIで、左の造影剤の塊にあたる部分に丸い塊があり、脊髄を圧迫している)

 

図11のような状態で後ろ(背中側、図での下)からヘルニアに行こうとすると脊髄をずいぶん右の方向へずらさなければよけられません。脊髄が麻痺してしまいます。なので、普通は前(のどの方)から入って、気管や食道、血管などをよけて椎間板の前に行きます(図12)。椎間板を取り去ってからヘルニアの場所に行き、ヘルニアを前から(のど側から、前から)除去します(図13)。

図12 首の前から気管(12)などをよけて椎間板の前に入ります

図13 椎間板を取り去った後、その後ろにあるヘルニアの塊を除去します

 

こうすれば、脊髄を傷めることなく、ヘルニアを除去できます。その後、椎間板が取り去られた後の大きい空隙に骨盤の骨や骨を詰めた金属の箱を挟み込みます(前方固定術)。

しかし、最近では、脊髄の端っこの方に出たヘルニアや神経根だけが圧迫されているだけのヘルニアに対しては、腰椎のように後ろから顕微鏡を使用し、脊髄を傷めないように丁寧にヘルニアを除去することが可能になってきています。頚椎でも、後ろから手術のできる例があるようになったということです。

以上が、ヘルニアに対する手術についての説明でした。